最高裁判所第二小法廷 昭和57年(行ツ)46号 判決 1989年2月17日
上告人
大橋醇吉
被上告人
運輸大臣
佐藤信二
右指定代理人
馬場宣昭
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について
取消訴訟の原告適格について規定する行政事件訴訟法九条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するということができる(最高裁昭和四九年(行ツ)第九九号同五三年三月一四日第三小法廷判決・民集三二巻二号二一一頁、最高裁昭和五二年(行ツ)第五六号同五七年九月九日第一小法廷判決・民集三六巻九号一六七九頁参照)。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関係規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置付けられているとみることができるかどうかによって決すべきである。
右のような見地に立って、以下、航空法(以下「法」という。)一〇〇条、一〇一条に基づく定期航空運送事業免許につき、飛行場周辺に居住する者が、当該免許に係る路線を航行する航空機の騒音により障害を受けることを理由として、その取消しを訴求する原告適格を有するか否かを検討する。
法は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続に準拠しているものであるが、航空機の航行に起因する障害の防止を図ることをその直接の目的の一つとしている(法一条)。この目的は、右条約の第一六附属書として採択された航空機騒音に対する標準及び勧告方式に準拠して、法の一部改正(昭和五〇年法律第五八号)により、航空機騒音の排出規制の観点から航空機の型式等に応じて定められた騒音の基準に適合した航空機につき運輸大臣がその証明を行う騒音基準適合証明制度に関する法二〇条以下の規定が新設された際に、新たに追加されたものであるから、右にいう航空機の航行に起因する障害に航空機の騒音による障害が含まれることは明らかである。
ところで、定期航空運送事業を経営しようとする者が運輸大臣の免許を受けるときに、免許基準の一つである、事業計画が経営上及び航空保安上適切なものであることについて審査を受けなければならないのであるが(法一〇〇条一項、二項、一〇一条一項三号)、事業計画には、当該路線の起点、寄航地及び終点並びに当該路線の使用飛行場、使用航空機の型式、運航回数及び発着日時ほかの事項を定めるべきものとされている(法一〇〇条二項、航空法施行規則二一〇条一項八号、二項六号)。そして、右免許を受けた定期航空運送事業者は、免許に係る事業計画に従って業務を行うべき義務を負い(法一〇八条)、また、事業計画を変更しようとするときは、運輸大臣の認可を要するのである(法一〇九条)。このように、事業計画は、定期航空運送事業者が業務を行ううえで準拠すべき基本的規準であるから、申請に係る事業計画についての審査は、その内容が法一条に定める目的に沿うかどうかという観点から行われるべきことは当然である。
更に、運輸大臣は、定期航空運送事業について公共の福祉を阻害している事実があると認めるときは、事業改善命令の一つとして、事業計画の変更を命ずることができるのであるが(法一一二条)、右にいう公共の福祉を阻害している事実に、飛行場周辺に居住する者に与える航空機騒音障害が一つの要素として含まれることは、航空機の航行に起因する障害の防止を図るという、前述した法一条に定める目的に照らし明らかである。また、航空運送事業の免許権限を有する運輸大臣は、他方において、公共用飛行場の周辺における航空機の騒音による障害の防止等を目的とする公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律三条に基づき、公共用飛行場周辺における航空機の騒音による障害の防止・軽減のために必要があるときは、航空機の航行方法の指定をする権限を有しているのであるが、同一の行政機関である運輸大臣が行う定期航空運送事業免許の審査は、関連法規である同法の航空機の騒音による障害の防止の趣旨をも踏まえて行われることが求められるといわなければならない。
以上のような航空機騒音障害の防止の観点からの定期航空運送事業に対する規制に関する法体系をみると、法は、前記の目的を達成する一つの方法として、あらかじめ定期航空運送事業免許の審査の段階において、当該路線の使用飛行場、使用航空機の型式、運航回数及び発着日時など申請に係る事業計画の内容が、航空機の騒音による障害の防止の観点からも適切なものであるか否かを審査すべきものとしているといわなければならない。換言すれば、申請に係る事業計画が法一〇一条一項三号にいう「経営上及び航空保安上適切なもの」であるかどうかは、当該事業計画による使用飛行場周辺における当該事業計画に基づく航空機の航行による騒音障害の有無及び程度を考慮に入れたうえで判断されるべきものである。したがって、申請に係る事業計画に従って航空機が航行すれば、当該路線の航空機の航行自体により、あるいは従前から当該飛行場を使用している航空機の航行とあいまって、使用飛行場の周辺に居住する者に騒音障害をもたらすことになるにもかかわらず、当該事業計画が適切なものであるとして定期航空運送事業免許が付与されたときに、その騒音障害の程度及び障害を受ける住民の範囲など騒音障害の影響と、当該路線の社会的効用、飛行場使用の回数又は時間帯の変更の余地、騒音防止に関する技術水準、騒音障害に対する行政上の防止・軽減、補償等の措置等との比較衡量において妥当を欠き、そのため免許権者に委ねられた裁量の逸脱があると判断される場合がありうるのであって、そのような場合には、当該免許は、申請が法一〇一条一項三号の免許基準に適合しないのに付与されたものとして、違法となるといわなければならない。
そして、航空機の騒音による障害の被害者は、飛行場周辺の一定の地域的範囲の住民に限定され、その障害の程度は居住地域が離着陸経路に接近するにつれて増大するものであり、他面、飛行場に航空機が発着する場合に常にある程度の騒音が伴うことはやむをえないところであり、また、航空交通による利便が政治、経済、文化等の面において今日の社会に多大の効用をもたらしていることにかんがみれば、飛行場周辺に居住する者は、ある程度の航空機騒音については、不可避のものとしてこれを甘受すべきであるといわざるをえず、その騒音による障害が著しい程度に至ったときに初めて、その防止・軽減を求めるための法的手段に訴えることを許容しうるような利益侵害が生じたものとせざるをえないのである。このような航空機の騒音による障害の性質等を踏まえて、前述した航空機騒音障害の防止の観点からの定期航空運送事業に対する規制に関する法体系をみると、法が、定期航空運送事業免許の審査において、航空機の騒音による障害の防止の観点から、申請に係る事業計画が一〇一条一項三号にいう「経営上及び航空保安上適切なもの」であるかどうかを、当該事業計画による使用飛行場周辺における当該事業計画に基づく航空機の航行による騒音障害の有無及び程度を考慮に入れたうえで判断すべきものとしているのは、単に飛行場周辺の環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、飛行場周辺に居住する者が航空機の騒音によって著しい障害を受けないという利益をこれら個々人の個別的利益としても保護すべきとする趣旨を含むものと解することができるのである。したがって、新たに付与された定期航空運送事業免許に係る路線の使用飛行場の周辺に居住していて、当該免許に係る事業が行われる結果、当該飛行場を使用する各種航空機の騒音の程度、当該飛行場の一日の離着陸回数、離着陸の時間帯等からして、当該免許に係る路線を航行する航空機の騒音によって社会通念上著しい障害を受けることとなる者は、当該免許の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である。
してみると、本件各免許に係る路線を航行する航空機の騒音によって上告人が受けることとなる障害の有無及び程度について何ら問うことなく、上告人は本件各免許の取消しを訴求する原告適格を有しないとして本件訴えを却下した第一審判決及びこれを支持した原判決は、いずれも法令の解釈適用を誤ったものといわざるをえない。
しかしながら、本件記録によれば、上告人が本件各免許の違法事由として具体的に主張するところは、要するに、(1)被上告人が告示された供用開始期日の前から本件空港の変更後の着陸帯B及び滑走路Bを供用したのは違法であり、このような状態において付与された本件各免許は法一〇一条一項三号の免許基準に適合しない、(2) 本件空港の着陸帯A及びBは非計器用であるのに、被上告人はこれを違法に計器用に供用しており、このような状態において付与された本件各免許は右免許基準に適合しない、(3) 日本航空株式会社に対する本件免許は、当該路線の利用客の大部分が遊興目的の韓国ツアーの団体客である点において、同条同項一号の免許基準に適合せず、また、当該路線については、日韓航空協定に基づく相互乗入れが原則であることにより輪送力が著しく供給過剰となるので、同項二号の免許基準に適合しない、というものであるから、上告人の右違法事由の主張がいずれも自己の法律上の利益に関係のない違法をいうものであることは明らかである。そうすると、本件請求は、上告人が本件各免許の取消しを訴求する原告適格を有するとしても、行政事件訴訟法一〇条一項によりその主張自体失当として棄却を免れないことになるが、その結論は原判決より上告人に不利益となり、民訴法三九六条、三八五条により原判決を上告人に不利益に変更することは許されないので、当裁判所は原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかなく、結局、原判決の前示の違法は、その結論に影響を及ぼさないこととなる。また、所論違憲の主張は、実質において法令違背を主張するものにすぎない。それゆえ、論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤島昭 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官香川保一 裁判官奥野久之)
上告人の上告理由
第一点 仮りに原判決が正しいとしても、原判決は、航空法(以下「法」という)第一〇一条並びに法第一条についてその解釈適用を誤った違法がある。
一、原判決の引用する第一審判決は、その理由において、法第第一〇一条を次ぎのとおり解釈している。
本件各処分の根拠法規である航空法第一〇一条は、その第一項において免許基準を掲げているが、それは運送事業の公共性を確保することを目的とする事項の外、同法第一条の規定において同法の目的とされている航空機の航行の安全を図り、航空機を運航して営む事業の秩序を確立するための事項であり、航空機を運航して営む事業である航空運送業務に供される空港周辺住民の個人的利益を保護することを目的とするものがその中に含まれていないことは明らかであって、同法第一〇一条をもって原告らの主張する航空機の発着に伴う騒音によって健康ないし生活上の利益を害されないという利益を具体的に保護した規定と解することはできない。(九―一〇丁)
言うまでもなく法第一〇一条は、定期航空運送事業を経営しようとするものに対する免許基準を定めたものであり、法第一〇〇条による免許申請が、法第一〇一条第一項の免許基準に適合する場合、免許権者たる被上告人は免許を与えなければならないと、同条第二項はそれを規定している。
たしかに、この規定の表現だけを見るならば、原判決の言うごとく、空港周辺の住民の個人的利益を保護すべきことを定めた部分はない。それゆえに、原判決は、上告人の主張を退けたのであろう。
ところが、法第一〇一条のその規定があるにもかかわらず、法第一三六条には、定期航空運送事業の免許等は、運輸審議会にはかり、その決定を尊重しなければならないと規定し、運輸省設置法(昭和二四年法律第一五七号)第六条には、その第一項第八の三号において、「定期航空運送事業の免許若しくはその取消又は事業の停止」を運輸大臣の諮問事項に掲げ、運輸大臣はその決定を尊重しなければならないことを規定している。
さらに、法第一二五条では、「この章に規定する免許、許可又は認可には、条件又は期限を付し、及びこれを変更することができる」と定めている。
これらの規定のいずれもは、法第一〇〇条により免許申請をしたものに対しては、法第一〇一条第一項の免許基準に適合する限り、免許を与えなければならないという原判決の解釈とは合致しないのである。
前記法条の規定の存在をも考慮の上、しからば、法第一〇一条における免許の許否の決定には、運輸大臣がその免許基準に拘束されて裁量の余地がないのか、あるいは、免許基準の適用について、なんらかの裁量の余地があるのかは、本件請求での原告主張に極めて重要な作用を及ぼすものであるにもかかわらず、原判決はそれに対する判断を避けている。
これについて、法制局参事官として航空法の立案審議に当たった山口真弘は、その著「航空法規解説」の中で次ぎのとおり解釈している。
航空法第一〇一条第一項は、免許基準を法定しており、これに適合する場合は、免許を行うべき場合であり、これに適合しない場合は、免許を拒否すべき場合である。その意味で、免許は、右の法律の規定に覊束される。
しかし、問題は、右の法律規定は、必ずしも一義的なものばかりではなく、多義的な規定も少なくない。したがって、免許基準の各項目について、一律に決定することはできない。
先ず、同法第一〇一条第一項第五号に掲げる事由、すなわち申請者が、欠格事項に該当しないことについては、法令の規定は、一義的であって、免許権者の裁量の余地はない。これに反し、第一号から第四号にまで規定する内容は、抽象的であり、多義的である。
行政機関の行為は、公益に合致することを要するから、右の法律の解釈も、公益に合致するように解釈されることを要するが、その解釈において何が公益に合致する場合であるかについては、法令は特に規定を置かず、免許権者の判断に委ねられているわけである。
したがって、免許権者は、何が公益に合致するかについて、技術的・専門的な判断並びに政策的な判断をなし得るものである。(山口真弘著「航空法規解説」三五七―三五八頁・航空振興財団発行)
ここに言う「公益」とは、単に航空運送事業による運送のみを指すのではない。もちろん航空運送事業は、その提供する給付が、一般国民の生活に密接に関係を有することから、同事業そのものの公益性についても十分に配慮がなさるべきは当然であるが、その航空運送事業に使用する機材たる航空機は、その物理的性質上、騒音等によって他に迷惑を及ぼす状態を生じ易い。かかる公益面からも国の規制が求められるゆえんがある。
被上告人たる運輸大臣は、法第一〇一条第一項に基く審査に当たっては、免許申請が、これら「公益」に合致するかどうかについて、当然に判断しなければならないところである。
昭和四八年六月、新潟空港が、いわゆる「ジェット化」されるに当たり、訴外全日本空輸株式会社は、それまで「YS―一一」型機により運航してきた、新潟――札幌、新潟――大阪間の定期航空運送事業を、法第一〇一条を準用する法第一〇九条に基いて、使用機材を「ボーイング七三七」型機とするなどの事業計画変更申請をなし、または、なそうとした。これに対し、被上告人たる運輸大臣は、新潟――札幌間については、その申請を認可処分となしたが、新潟――大阪間については、その変更はかなえられず、使用機材は、それまでどおり「YS―一一」型機のままとするよう行政指導をなしてきた。
その後、新潟――大阪間は、二往復に増便、そのうち一往復について「ボーイング七三七」型機を機材とする事業計画変更の認可処分がなされたが、同社の願望に反して全便ジェット化は、被上告人によって拒否され続けて今日に及んでいるところである。
このことは、定期航空運送事業者が法第一〇〇条か同第一〇九条により定期航空運送事業の新規の免許や事業計画変更の認可を、民間航空発展を所期しての「公益」で処分を求めたが、被上告人たる運輸大臣は法第一〇一条の審査においてそれを拒否したり、法第一二五条に基いて制限を付したその理由は、言うまでもなく大阪空港周辺住民には、たとえたった一往復の定期便であっても、その使用機材がジェット機であるということは、住民の被る騒音による損害が加重されること明らかなので、その面での「公益」性を裁量してのことである。
また、現に大阪空港においては、夜九時以降の離着陸が大幅に制限されているが、これは、同空港周辺の騒音の増大が、重大な社会問題となり、差止めや損害賠償請求の訴訟が続々と提起されるなど、被上告人たる運輸大臣にとって不利な条件が累積される中で、夜間の離着陸の禁止または制限が、実態として形づくられるよう、法第一〇〇条に基く免許申請や、法第一〇九条に基く認可申請の都度、夜間離着陸制限等の目的に合致するよう、申請の事前に、事業計画の中の発着時間等について行政指導をなすか、申請を法第一〇一条により審査をなすに当たり、住民の被害を抑止するという公益のために制限を付するか、あるいは、すでに、免・認可処分の事業計画には、法第一二五条に基いて変更を命ずるなどして、夜間離着陸制限の効果をはかってきたところである。
被上告人たる運輸大臣のこの政策は、法第一二九条に基く外国人国際航空運送事業に対してまで及び、時には二国間の航空協定上の論争まで発展することさえあったといわれる。
この例に見るような、被上告人たる運輸大臣が、法第一〇一条に基く免許処分、あるいは同条を準用してなす法第一〇九条に基く認可処分において、訴外全日本空輸株式会社の新潟―大阪便に対する「YS―一一」型機の使用義務づけとか、外国航空機までに、離着陸の時間制限を付するは、大阪空港周辺住民に対し騒音が加重されることを防ぐという公益のために、法第一〇一条に基く審査に当たって裁量した結果にほかならないものであることは明らかである。
本来ならば、申請者が、機材として「ボーイング七三七」型機を使用したいとの計画を有するに対して、「YS―一一」型機の使用を義務づけるがごときは、輸送力の面からも、所要時間の面からも、大量・高速輸送という民間航空の命題、すなわち公共性を著しく後退せしめる結果ともなるし、また、夜間、一定時間以降の離着陸の制限のごときは、法第九九条(情報の提供)にも違背することさえあると考えられる。
それにもかかわらず、被上告人たる運輸大臣が、空港周辺住民の健康ないし生活上の利益を保護するという公益のために、法第一〇一条に基く免許等の申請の審査に当たり、これらについて裁量をなしてきたという事実からも、原判決が、本件各処分の根拠法規である法第一〇一条が、上告人ら空港周辺住民の個人的利益を保護することを目的とするものでないとする解釈適用は、違法を免れないと言うべきである。
二、原判決の引用する第一審判決は、その理由の中で、
同法第一条の規定において、同法の目的とされている航空機の航行の安全を図り、航空機を運航して営む事業の秩序を確立するための事項であり(九丁)
と述べ、法が航空事業の利用関係を主とするがごとき響きを与えている。
言うまでもなく、法第一条は、
この法律は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続に準拠して、航空機の航行の安全及び航空機の航行に起因する障害の防止を図るための方法を定め、並びに航空機を運行して営む事業の秩序を確立し、もって航空の発達を図ることを目的とする。
と、規定しており、同法が国際民間航空条約とその附属書等に準拠して、
(1) 航空機の航行の安全
(2) 航空機の航行に起因する障害の防止
(3) 航空事業の秩序の確立
を図るための方法を定め、もって、民間航空の発達を図ることを同法の目的であると規定しているのである。
前記三号のうち「(2) 航空機の航行に起因する障害の防止」の中では、「航空機騒音」が、その大きな部位を占めていることは異論のないところである。
国際民間航空条約の附属書である「航空機騒音」は、同条約第三七条の規定に基いて、昭和四六年四月二日、国際民間航空機構の理事会において採択され、同条約の「第一六附属書」として命名された。
国際民間航空機構が、航空機騒音について討議に入ったのは、わが国に航空法が公布されて一四年を経た昭和四一年である。この年の一一月、ロンドンにおいて「民間航空機によって生ずる騒音及び障害の減少に関する国際会議」が開催され、同機構として、初めて航空機騒音について国際的な解決に向けて立った。
それは、航空機騒音問題が、世界の多くの空港周辺において、大きな憂慮の原因となり、早急の解決を求められているとの判断からであり、この問題は、航空機の運航によって生ずる派生的なものとしてのとらえ方では決してなく、民間航空に必要な技術の一部として扱われていることを特に重視しなければならない。
法第一条に言うところの国際民間航空条約の附属書は現在、次ぎのものがわが国にも勧告されている。
第一附属書 航空従事者の免許 4
第二附属書 航空規則 6
第三附属書 気象 6
第四附属書 航空図 6
第五附属書 空地通信に使用される測定単位 5
第六附属書 航空機の運航 6
第七附属書 航空機の国籍及び登録記号 2
第八附属書 航空機の耐空性 3
第九附属書 出入国の簡易化 8
第一〇附属書 航空通信 6
第一一附属書 航空交通業務 6
第一二附属書 捜索、救難業務 6
第一三附属書 航空機事故調査 5
第一四附属書 飛行場 5
第一五附属書 航空情報業務 6
第一六附属書 航空機騒音 3
第一七附属書 安全保障 四九年法律第八七号
各附属書の欄の末尾の洋数字は、その附属書に定められた国際基準等が航空法に取り入れられた「章」の序数である。第一七附属書は表示のとおり「航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律」として単独に立法された。
第一六附属書は、昭和四六年に原典が採択されて以降、同四七年、四九年、五一年及び五三年と四次にわたり改訂され、現在のその内容は次ぎのとおりである。
第一部 定義
第二部 航空機騒音証明
第三部 監視目的の騒音測定
第四部 土地利用計画のための国際的な騒音暴露の基準単位
第五部 航空機の騒音軽減運航手順
ほかに 附属書附録 五
附属書添付書 五
これらのうち、法の第三章に規定化されているものは「第二部 航空機騒音証明」だけであるが、この改正は、昭和五〇年七月一〇日、法律第五八号「航空法の一部を改正する法律」によったので、その後の改訂は含まれない。
この改正で、同法は、第一章から第六章まで、全条一六二条のうち、条文一部改正が二〇条、条文全部改正が一三条、条文追加二一条という、いわばジェット機時代に向けての大手術をなしたのである。
改正の対象部分は、主として、第一章総則、第三章 航空機の安全性、及び第六章 航空機の運航の三章であり、航空機の騒音規制と航行の安全性向上のために諸規定を強化したものである。
第一六附属書の第四部、附録及び添付書のうちの一部は、いわゆる公害関係法令の中で立法されている。
もともと、航空機騒音規制は、空港周辺住民の利益の目的のためになされるものであって、その余の目的は全くあり得ない。法令上では、航空機の構造、飛行場施設、運航、航空運送事業などの面で、しばしば航空機騒音がかかわることがあるが、その目的は、空港周辺住民が航空機騒音による健康ならびに生活上の利益を保護するためであることは、明らかである。
近い将来において、ジェット機にして、かつ、無公害の航空機が開発される見込みのない現在、航空機騒音対策は、政策の面でも、立法の面でも、当面、国際的にも憂慮を強いられる問題であって、その被害者は、常に一方的に空港周辺住民だけなのである。
昭和五〇年、法律第五八号は、この主旨に沿って法を改正し、法律の目的(第一条)まで改正したのである。
改正前の法第一条を念のために次ぎに掲げる。
この法律は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続に準拠して、航空機の航行の安全※を図るための方法を定め、及び航空機を運航して営む事業の秩序を確立し、もって航空の発達を図ることを目的とする。
これに対して改正では、前記※の部分に「及び航空機の運航に起因する障害の防止」が加えられるなど、法目的が拡大された。
法の目的が改正されるということは、法の全体、及び各条の運用や解釈に大きな変化を強いるということは当然である。法第一〇一条の包括される「第七章航空運送事業」が、前記改正において、なんらの改訂を伴わなかったとしても、その運用や解釈に、いささかもかかわりあいはないとして運用されることは許されないと言うべきであろう。
しかるに、原判決の引用する第一審判決は、前述のとおり、「同法第一条の規定において同法の目的とされている航空機の航行の安全を図り、航空機を運航して営む事業の秩序を確立するための事項であり」とするは、明らかに改正前の第一条(目的)を適用したものである。
上告人は、控訴の理由「一」においても、この点を指摘したところであるが、原判決が現に効力のない法第一条の改正前規定を適用した第一審判決を支持したるは、重大な違法があると言わなければならない。
第二点 原判決は、上告人の原告適格の要件判断について、行政訴訟法第九条の解釈適用に違法がある。
原判決の引用する第一審判決は、本件各処分の取消を求める上告人について、原告適格であるか否かの検討において、
ここにいう当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者とは、行政権の行使により違法に侵害された国民の権利、利益の回復を図るところに取消訴訟の目的があることに鑑み、当該処分の根拠法規が具体的に私人の権利ないし利益を保護するために行政権の行使を規制している場合に、その根拠法規によって保護されている利益と解するのが相当である。(九丁)
とし、本件各処分の根拠法規は、法第一〇一条であるが、これは、上告人らの主張する航空機の発着に伴う騒音によって健康ないし生活上の利益を害されないという利益を具体的に保護した規定と解することはできないので、上告人らは原告適格を欠くと判断している。
言うまでもなく、法第一〇一条による免許処分によって利益を受けるものは、被処分者たる航空運送事業者である。ところが、被上告人たる運輸大臣は、同条により本件各処分をなした結果の必然として、上告人ら新潟空港周辺の住民は、新潟――小松――ソール間、新潟――仙台間の定期便の発着で離着陸の都度、あるいは空港内でのエンジン調整などで、全く希望しない騒音を浴びせられ、事実、住民らの健康ないし生活上、言い難い不利益を受けている。しかも一個の処分によって利益を受けるものと、不利益を受けるものとの関係は、恒常、不変であり、上告人ら新潟空港周辺住民が、本件各処分の利害関係者であることは明らかである。
仮りに、原判決の判断どおり、法第一〇一条が、上告人らの健康ないし生活上の利益の保護を目的とした規定でないとしても、上告人ら空港周辺住民が、現に航空機騒音によって健康ないし生活上の利益を侵害されている直接の原因は、被上告人が、航空運送事業者に対してなした本件各処分を含めての法第一〇一条(同条を準用する法第一〇九条、同第一二一条、同第一二二条の二及び第一二三条を含む)の免許処分の必然の結果として、航空機が新潟空港に離着するための騒音によるものであって、その余の原因は全く見当たらない。もし、被上告人たる運輸大臣が、新潟空港を起点、終点あるいは寄港地とする前記処分の一切を取消または停止を命じたとするならば、上告人ら新潟空港周辺住民のすべては、現に浴びせられている航空機騒音のほとんどはなくなり、上告人らの損害は直ちに回復するであろう。
以上の理由からも、上告人らは、法第一〇一条に基く免許処分の当事者ではないが、直接の利害関係者である。すなわち、上告人らは、法第一〇一条の規定につき法律上の利益を有するのである。
ところで、最高裁判所、昭和五六年一二月一六日大法廷判決は、大阪空港夜間飛行禁止等請求上告のうち差止請求に関する判断において
右被上告人らの前記のような請求は、事理の当然として、不可避的に航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することとなるものといわなければならない。したがって、右被上告人らが行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかはともかくとして、上告人に対し、いわゆる通常の民事上の請求として前記のような私法上の給付請求権を有するとの主張の成立すべきいわれはないというよりほかはない。(ジュリスト臨時増刊「大阪空港大法廷判決」一五四頁)
と、大阪空港周辺住民らが航空機騒音による被害を、人格権又は環境権に基づく妨害排除又は妨害予防の請求として、毎日午後九時から翌日午前七時までの間、航空機の離着陸の禁止を求めるに、通常の民事上の請求で不作為の給付請求権があるとして訴求したのに対する判断である。
この判断は、上告人ら新潟空港周辺住民が、航空機騒音にかかわるものを、行政訴訟で請求できるかどうか(判決では、いずれの類型に属する訴訟手続で請求できるかには言及していない)について、あいまいではあるけれども、その可能性のあるを示唆したと見ることができる。
また、ここに言う「行政権の行使の取消変更ないしその発動」とは、具体的には、空港管理規則(昭和二七年、運輸省令第四四号)第六条に基く施設使用規制に該当する部分がないとするならば、それらは、法第一〇一条により免許処分を受けた定期航空運送事業、同第一二一条による不定期航空運送事業、同第一二二条の二による利用航空運送事業、同第一二三条による航空機使用事業(以下三事業の免許処分には、いずれも、法第一〇一条を準用)、あるいは法第一二六条ないし同第一三一条の二による外国航空機の航行または運送事業に使用される航空機が、大阪空港を起点、終点または寄港地とする場合に、その取消または変更を求めることであり、そのことは、法第一〇一条による免許処分の取消か、ほかに、法第一二五条(免許等の条件)や同一三一条の三(許可の条件等)を準拠する以外には考えられないことである。
(大法廷判決では、行政訴訟の類型は明らかにされてはいないが、まさか、法律上の利益を有することを要件としない民衆訴訟や機関訴訟によることなどを示唆したとは到底考えられないので、当然に原告適格の要件が、仮定の訴訟方法ではあるが、大阪空港周辺住民にあることを推定した上で、民事上の請求を許さなかったものであろう。)
よって、前記各条に基く免許処分の取消、変更または制限を求める行政訴訟を提起する適格要件が、大阪空港周辺住民にありと推定に足る判断を示した前記大法廷判決は、行政訴訟の可能性に積極的な伊藤、宮崎及び横井の三裁判官の小数意見とあわせて、新潟空港周辺住民たる上告人らに、本件各処分の取消請求について原告適格の要件を満たしていることに通ずるものと言わなければならない。
なお、札幌高等裁判所昭和五一年八月五日、長沼ナイキ基地控訴審判決(行裁例集二七巻八号一一七五頁)では、「行政事件訴訟法第九条にいう法律上の利益は、行政処分が、法の趣旨に基づいてなされた際、法目的達成のために特にその実現が所期されたと認めうる事実上の利益も含むものであり、右利益を受けているものであれば、第三者でも右処分を争い得る」と判断している。
この訴訟は、農林大臣が森林法第二六条第二項に基き、公益上の理由により必要が生じたとして、水源涵養保安林の指定を解除処分をなしたにつき、右処分により、農業用水及び飲料水確保ならびに洪水防止の面で直接影響を被る一定範囲の地域に居住する住民らには、右処分の取消を求める原告適格を有するとした判断である。
前記判決の理由に詳細に説示されているところではあるが、行政処分は、法律関係を設定あるいは変更するものではあるが、その目的は公益の実現にあり、それを効果的に達成するためには、処分の影響と効果を広く配慮してなす必要があり、さらに行政事件訴訟法が施行されて日浅いと言うてもすでに二十年、この間にわが国は急速な発展を遂げ、二十年前と現在では、科学技術、国民の生活水準、行政活動ともに史上類を見ないほどに変化、向上を来して複雑化し、一つの行政上の措置効果は、直接の当事者のみならず、広く多数の第三者の利害に複雑かつ深刻な影響を及ぼすに至っているので、それらをも、行政処分としての法律効果とみなして、それら第三者は原告適格の要件を満たしているとの判断である。
この判断からしても、被上告人たる運輸大臣が、法第一〇一条による行政処分をなすに当たっては、その直接の当事者である航空運送事業者に対してのみの実体法上の保護利益だけではなく、免許処分をなした結果、その使用機材が高騒音を発するジェット旅客機である場合、そのことが空港周辺の一定区域の住民に、健康上あるいは生活上の障害をもたらす事明の理からも、これら行政処分当事者にあらざる利害関係者の上告人ら空港周辺住民にも、前記行政処分を争い得る原告適格の要件が満たされると見るは当然である。
以上の理由から、原判決は、行政事件訴訟法第九条の解釈と適用に、明らかな違法がある。
第三点 航空法第五五条の二(運輸大臣の行う飛行場等の設置又は管理)は、日本国憲法第一四条に違反する。
原判決の引用する第一審判決は、その理由において、
そして、原告らがほかに本件各処分の取消の根拠として主張する事実は、いずれも原告らの具体的権利ないし利益とは直接関係のないものであって、これらを根拠として原告らに本件各処分の取消を求める適格があると解することもできない。(一〇丁)
と述べているが、この中の「ほかに本件各処分の取消の根拠として主張する事実」の中には、請求の原因の「3」に示す「新潟空港の施設並びに供用の違法(三―六丁)」がある。
新潟空港の設置並びに管理者たる運輸大臣のこれらの違法は、運輸大がこれを正すことをなさない限り、主権者たる国民は、それを正させる手段は一切ないと言っても過言ではない。
運輸大臣にこれらの違法を許容し、かつ、運輸大臣の所部職員が、それらの違法を、予算上の措置がないとか、違法な状態になんらかの理由を付して、それを継続してきた根源は、法第五五条の二にある。
上告理由第一点「二」で論及したとおり、航空法は、昭和二七年に公布されたが、この当時、運輸大臣が設置し、かつ管理する飛行場はわずかであった。ところが現在は、第一種、二種あわせて二二に及んでいる。言うならば、主要な空港は全部運輸大臣が設置し、管理しているわけである。
だから、航空法第五章のうち「飛行場及び航空保安施設」にかかわる行為の大部分は、運輸大臣の設置・管理する飛行場が占めていることも事実である。
飛行場及び航空保安施設は、航空機、航空従事者とともに、航行の安全の三本柱であり、いずれも、すべてが国際標準に優るとも劣ってはならないことは言うまでもないところである。
もともと、飛行場及び航空保安施設は、運輸大臣の許認可を受けることによって、私、法人ともにそれを設置できることは、第五章の関係各条に規定されている。これは運輸大臣であろうと、私・法人であろうと、その手順に関しては全く同一であって、そこには、運輸大臣が設置者であっても、行政上の優越性や公権力の行使に属する部分、ましてや統治権にかかわる部分はいささかもなく、第五章の各条は、すべて運輸大臣に適用されていいはずである。
ところが、第五五条の二に、わざわざ、運輸大臣の行う飛行場等の設置又は管理についてを設け、その設置基準等に関係各条の準用を規定し、いかにも公正であるかに見えるが、実は、これは、準用条項以外の条項を運輸大臣に対する適用除外とする結果を招来している。
すなわち、第四一条(工事の完成)、第四二条(完成検査)、第四八条(許可の取消等)など、運輸大臣以外の設置者ならば、結果的には設置または管理のできないような行政処分や処罰を受けるであろう関係条項が、運輸大臣なるがゆえに適用除外されている。
この適用除外条項が、さらに拡大運用されて、請求原因「3」に主張の違法が継続しているということや、法第五五条の二が、飛行場設置等の行為では運輸大臣と同格である私・法人の設置者に対してだけ、不利益な行政処分や処罰を課しており、法の下に平等を規定した憲法第一四条に違反すると言わなければならない。